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顔の痛み、顔のピクピク:三叉神経痛と顔面麻痺
太田総合病院 脳神経外科 茂野 卓

 日頃、顔が突然痛くなった、あるいは、顔がピクピクするようになったという経験をされた方があるかと思います。皆さんはこういった時、あれ?これは病気なのかなー?あるいは、何科のお医者さんに行けばいいんだろー?と思われたことがあるかも知れませんね。実はこの症状は、脳神経外科医が主にあつかう症状です。
 今、症状と言いました。実はこの症状は他の脳の病気とは一寸違うのです。もし、あなたが我慢できる、あるいは気にならないのなら、そのまま放っておいてもかまいません。しかしこれらの症状は一旦出てくると、自然に良くなることは少なく、進行する場合が多いのです。
 顔の痛み、これは三叉神経痛という診断名がつけられます。もう一つの、顔のピクピク、これは顔面痙攣という診断名がつけられます。しかしこれらの診断名がつけられても、果たして本当にその診断名で正しいのかどうかは、よく患者さんを診察しなければわかりません。時にはたやすくその診断名をつけて手術や注射、あるいは放射線治療をすすめられる場合があります。
 もしあなたの症状が、正しく三叉神経痛、あるいは顔面痙攣と診断されたら、唯一の根治的治療法があります。それは私たちが専門とする脳神経外科手術です。その原因はあなたの脳の血管が神経の根本を圧迫するからです。手術でこの圧迫血管を神経の根本から外すことができれば、症状は消失します。しかしこれは理想で、実は100%確実ではありません。

 さて、まず正しい診断です。この症状は他の似た疾患と大変紛らわしいことが多いのです。最初に顔の痛みからお話ししましょう。まず典型的、すなわち手術による治療が大いに期待できる痛みです。これは典型的、あるいは古典的と呼ばれます。古典的というわけは、この症状は歴史的に非常に古くから記録されているからです。紀元1世紀にギリシャのAretaeusという人が記載しています。その痛みは青天霹靂にやってくる、瞬間的な電撃痛、電気ショックが走ったようなものです。まさにその意味のtic douloureaux という言葉を18世紀にフランスの外科医Nicolaus Andreが記載しました。Ticという言葉は突然、douloureauxと言う言葉は激痛という、まさにこの症状そのものの言葉です。
 痛みはある時突然やってきます。あっ!痛い!と思った瞬間、その痛みは去っていきます。数秒、長くて数十秒の間です。あなたはおそらくその時、顔を洗ったり、お化粧をしたり、髭剃りをしていたり、ご飯を食べようと口を動かしたり、冷たい水を飲んだり、あるいは友達とおしゃべりをしていたことでしょう。顔の一部を一寸ふれただけで同じ激痛が走ります。鼻筋をなでる、口元をなでると激痛が走ります。痛みの場所は、額、目の上、あるいは頬、目の下、鼻筋、上唇、上の歯茎、あるいは下唇、下の歯茎、顎です。痛みは必ず右か左、片側だけです。  あなたの顔を両手で額、頬、そして顎と撫でてみてください。同じように感じると思います。しかしそこで感じている神経は、三叉神経から枝分かれしている3本の枝で感じています。従って左右で6本の神経で別々にあなたは感じているのです。そう、三叉とは3本の道の枝分かれです。手術でこの神経を見ると、この神経は脳神経の中で最も太いもので、それぞれの3本の枝も立派な太さです。頭のレントゲン写真を撮ると、この3本の神経が通る骨の穴がはっきり見えるぐらいです。従って痛みは右か左かどちらか片側です。突然の激痛、そして片側、これがまず治療できる三叉神経痛の診断に重要です。そして痛みの部位はこの3本の枝の、それぞれ単独あるいは1番目と2番目の枝、あるいは2番目と3番目の枝で、もし1番目と3番目と離れて痛いようでしたら、それは三叉神経痛ではないのです。1番目は額、2番目は頬、鼻筋、上唇、上の歯茎、3番目は下唇、下の歯茎、顎です。

 それでは治療の話に移る前に、三叉神経痛と紛らわしい痛みを説明しましょう。この紛らわしい痛みの患者さんを手術しても痛みは消えません。これが診断の難しいところです。まず先ほどの典型的な症状を思い出してください。それ以外は紛らわしいのです。それらをatypical、非定形的と呼びます。ずきずき、焼け付くような、拍動するような、患者さんは様々に表現します。しかし少なくとも何かの刺激で突然、短時間の痛みでない限り、三叉神経痛と診断はできません。もう一つ大事なことがあります。多くの患者さんは、あれほど痛みがしょっちゅう来ていたのに、全く痛みが無くなってしまうことがあります。しかし痛みは数日後、数週後、数ヶ月後、あるいは数年後にまた突然やってきます。これをremission、寛解とよびます。これも三叉神経痛に特徴な経過です。もう一つ紛らわしいもの、それは帯状疱疹というヘルペスウィルスの感染後おきる痛みです。これは非常に紛らわしい。患者さんに顔に水疱ができなかったか、詳しく聞く必要があります。ヘルペスウィルスは健康な人の三叉神経にはいつもいます。体の抵抗力が疲労、風邪などで落ちたとき、額や唇に発疹ができてピリピリ痛みます。これがあとで典型的な三叉神経痛とよく似た症状を起こすのです。難しいですね、診断は。この症状を良く知っているお医者さんでも間違えて手術をしてしまうかも知れません。

 さて症状が間違いないと確信したら、画像診断をします。今はMRIという核磁気診断装置が無くてはなりません。昔私が脳神経外科医に成り立ての頃はCTスキャンもMRIもまだ発明されていませんでした。この二つの発明でどれほど多くの人々が救われてきたことでしょう。CTスキャンの発明者も、MRIの発明者もノーベル賞を取りました。私たち外科医はいかに“神の手”と呼ばれても生涯に救える患者さんの数は有限です。しかしこうした学問の成果は無限で、何億もの人々が救われるのです。
 MRI画像で見えるものは、神経と血管です。脳の血管が三叉神経に接触していれば、手術で治せる可能性が高いのです。ところでこの当たっている脳の血管は、あなたの正常な脳の血管です。まれに動脈瘤ができて、あるいは脳腫瘍ができてこの症状を出すこともありますが、多くはあなた自身の持っている普通の血管です。血管は年を経るごとに川の流れのごとく少しずつ道を変え、神経に接触するようになります。従ってこの症状はある程度年齢のいった方々に多いのです。しかし若い人にも少なからずあります。この血管はほとんどの場合、動脈です。通常は細い動脈ですが、太い椎骨脳底動脈という本管が圧迫する場合もあります。これは手術が極端に難しい。しかしどこにも血管が当たっていない場合もあります。手術すると実は動脈ではなくて、静脈であったということも報告されています。あるいは三叉神経が捻れていたためだという報告もあります。この捻れを解除したら症状が消えたというのです。ただいずれも動脈圧迫の場合と違って、まだ確証はありません。

 さて、この脳の動脈が神経を圧迫して、顔の痛み、あるいは顔のピクピクがおきると言った最初の脳神経外科医がアメリカのジャネッタ先生です。原因は脳の血管が顔面神経や三叉神経の根本を圧迫して神経の興奮を起こすと言ったのです。そして約30年前米国のジャネッタ先生がこの手術を始めました。そこで「ジャネッタの手術」と呼ばれていましたが、今は脳神経減圧術と呼びます。最初は本当に血管圧迫が原因か、あるいはこの手術法が正しいのか、皆半信半疑でした。しかし今は誰も疑うものはいません。ジャネッタ先生の原法は圧迫血管と神経の間にテフロン綿などのクッションをはさみ圧迫を減らすものでした。今もおそらく世界のそして日本の殆どの施設でこの原法が行われています。しかしこの方法では完治しない、あるいは再発することが特に日本の脳神経外科医の間で問題になってきました。このことは次の顔面痙攣の話の後でお話しします。

 それでは次に顔のピクピクについてお話ししましょう。何となく片側の目の下が時々、ピクピクするなー。最初は目の疲れかなー、と、気になりません。そのうち止まってしまい、あー、疲れだったんだーと思います。しばらくしてまた同じ症状が出てきます。そして回数、強さが増してきます。そのうちピクピクすると眼も開けにくくなってきました。おまけに同じ片側の唇も引きつってきました。人と会う、喋ろうとすると、余計に目や口のピクピクが増し、顔が引きつって歪んできます。患者さんに眼をギューッとつぶってパッと開いてくださいと言うと、瞼に痙攣が起き、強いとそのままつぶりっぱなしになります。口をイーッと引き延ばしてくださいと言うと、瞼、口元が引きつれます。これが顔面痙攣という症状です。症状が始まるのは成人、中年のやや女性に多い傾向がみられます。本当に女性に多いかどうかははっきりしません。男は多少のピクピクは気にならないからです。しかし当然のことながら女性は顔の表情のピクピク、歪みは、気になりますね。
 先ほどの三叉神経痛も、そしてこの顔面痙攣もおよそ人口1万人あたりおよそ一人の割合で年間発症すると言われています。これはクモ膜下出血の割合とほぼ同じです。クモ膜下出血はわれわれ脳神経外科医にとって毎週来るぐらいのありふれた疾患です。あなたの周りにもこの症状をもたれている方がおられるかも知れませんね。欧米では三叉神経痛の方が多く、日本では逆に顔面痙攣の方が多いようです。頭の格好が違うからだという説があります。欧米人は縦長の頭、東洋人は横長の頭で、神経の出方が違うからだと言われています。しかし確証はありません。欧米人は痛みに弱い、東洋人は痛みには強いが、外見にはこだわる、といった違いかも知れません。
 この片側顔面痙攣の方も最初から脳神経外科を訪ねることは実は少ないのです。よく患者さんが行くのが眼科、神経内科です。実は今、神経内科では治療のスタンダードは、後に述べるボツリヌス・トキシンによる注射治療です。眼科のお医者さんもこれを多く手がけています。もしあなたが最初に眼科、神経内科を受診してしまうと、脳神経外科医のところに来るチャンスは少なくなってしまうかも知れません。同じことは先ほどの三叉神経痛にも言えます。三叉神経痛で最初に行く科は、実は歯科口腔外科、麻酔科、あるいは耳鼻科です。歯科で虫歯はない、どこも悪いところはないといって、脳神経外科に紹介されることも多くあります。麻酔科では麻酔薬による注射ブロックが行われ、それでも痛みが治まらないと脳神経外科に紹介されることもしばしばです。

 ところでこの顔面痙攣も三叉神経痛と同じように診断が難しいのです。紛らわしい症状を顔面痙攣と診断して手術すると、全然効果はありません。似た症状で眼瞼痙攣があります。これは両目の強い瞬きを繰り返して、眼を閉じる。口元が引きつる、もごもごするといった症状で、非常に紛らわしい。顔面痙攣はまず両側におきることはありません。しかしごく希にはあるので余計難しいのです。それから顔面神経麻痺後、回復してきて、神経が繋がる場合、別のところに繋がってしまう。例えば、目を閉じようとすると口元も一緒に動く、口を動かすと目も閉じてしまう、といった症状です。患者さんに昔、顔面神経麻痺にならなかったかどうかよく聞く必要があります。この顔面神経麻痺は、ベル麻痺といって、非常に多くみられる症状で、耳鼻科で治療します。
 この顔面痙攣も、原因は三叉神経痛と同じく、脳の血管による神経の根本の圧迫です。そこで、先ほど述べましたMRIによる画像診断が必須です。血管圧迫の所見がなければ手術の効果は期待できないからです。なぜ血管が圧迫すると、痛みやピクピクが起きるのでしょう?神経の根本はミエリンという、あたかも裸の電線を覆っている被膜、絶縁物質で覆われています。しかし血管の強い圧迫により、この絶縁が剥がれ神経がショートしたような状況になります。この神経の異常伝導は、血管の圧迫を手術で減らす、すなわち減圧すると、抑えられ、症状は消えます。もう一つの方法は、この神経の異常伝導を薬物で抑える方法です。これにはてんかんを抑える、抗てんかん薬を用います。そのなかで最も多く用いられるのがカルバマゼピンという薬剤名、商品名はテグレトールという薬です。これは典型的な三叉神経痛の患者さんの8割ぐらいの方に有効です。逆にこれが良く効く人は、典型的な症状で、手術の効果も期待できます。この薬は最初飲み始めには、眠気、めまい、吐き気が強く出る人がいます。そのうち慣れることが多いのですが、全然飲めない人も多くいます。またまれに薬剤性皮膚アレルギー、薬疹や肝機能障害があります。また完全に痛みが去ることはありません。そして一生飲み続ける必要があります。一回の手術で一生解放されるとしたら、勿論手術の方がいいですよね。ただ、手術は手術で問題があり、後でお話しします。

 ところで、このカルバマゼピンという薬も顔面痙攣にはあまり効果がありません。顔面痙攣も手術に代わる方法として、先ほどお話しした、ボツリヌス・トキシンによる注射治療があります。これは日本では2000年から認可されました。今では形成外科で顔の皮膚の皺取りにも、若返り美容法として使われています。この薬は地球上に存在する最強の生物毒です。かっては戦争の生物化学兵器の一つでした。アセチルコリンという、神経伝達物質が、神経の先端から出てこれが筋肉を収縮させます。ボツリヌス・トキシンが体に入ると、この神経伝達を止めて、体の筋肉は全て動かなくなり、呼吸も止まり、たちまち死に至ります。この毒を何十万倍にも薄めて、さらにそのほんのわずかな量をピクピクしている筋肉に極細の注射針で何カ所も打つのです。瞼、口元に打つので一寸痛みを我慢してもらいます。完全に止めようと打ちすぎると、逆に顔面神経麻痺といって、瞼も閉じない、口元も締まらない、のっぺり顔になります。勿論皺は消え、一見若返ったように見えるかも知れませんが。この使い方が難しい。私は手術の難しい高齢者にしかこの薬を用いません。こつはやはり、はっきり神経麻痺が出るくらいに打たないと、うまく効果が得られないことです。そして最大の問題は効果が数ヶ月しか続かない。年に数回打たなければならない。薬代も高い。そして、もっと大きな問題は何年も打っていると顔の筋肉が萎縮してきて、顔貌が変化してしまいます。ですから高齢者以外にはお勧めできません。しかし神経内科の治療スタンダードはこの注射です。脳神経減圧術は治らない、危険だという考えが神経内科医にはまだ多くあります。私はそれに対して明確に手術のほうが優れていると言う自信はありません。しかし手術がうまくいけば、それは完全治癒を意味します。ボツリヌス・トキシンでは完全治癒が得られません。

 さていよいよ大事な手術の話にいきましょう。手術の概略をまず述べましょう。症状のある方の耳の後ろを切って、骨を開け、脳の中へ進んでいきます。脳の中心部の脳幹から顔面神経や三叉神経が出ています。ここに圧迫している血管を神経の根本から外し、圧迫を取り除きます。これから手術を学ぼうとする若い脳神経外科医に以上の説明で、さあ、手術をしてご覧なさいといってもそれは不可能です。逆にベテランの脳外科医でも、自分でこの手術法を確立していない脳外科医にはこの手術は困難です。
 なぜでしょう?それはこの手術法には幾多の方法があり、また方法も変遷してきたからです。現在もこれが絶対だという方法は無いのです。この手術の経験を積んできた一人一人の脳外科医の全てが、独自の手術法を用いています。自分が良い、あの医師は間違っていると言うことはいえません。この手術を専門に手がける脳外科医の集まり「脳神経減圧術学会」は毎年討議を重ねています。結論として完治を図り、再発を防ぐには「神経と血管の間に詰め物を置かず、血管を転移させて間に十分な隙間をつくることが大切」との統一意見がまとまりました。私は隙間をつくるため、転移の一つの方法として血管をテープでとめる「テープ引っ張り法」を開発しました。詰め物を使う手術はやさしかったのですが、「テープ引っ張り法」は最も難しい手術の一つです。特に顔面痙攣手術で難しいのは、椎骨動脈本管が強く圧迫しているケースです。これは非常に難しい。しかし私のテープ引っ張り法はこれを治すことを可能にしました。この手術は脳幹の狭い場所に顕微鏡を駆使して進むため、その道をつけるために通常は脳ヘラで脳を分けていきます。しかし私はこの脳ヘラを使わずに脳を分けていく方法を考案し、今も改良を続けています。私自身も昔と今とではずいぶんと手術法が進化しました。そして、これからも手術法が進化する可能性のある手術なのです。
顔面痙攣も三叉神経痛も病気ではないと始めに言いました。放っておいても良い。手術するからには100%直らなければ意味がない。全くその通りです。しかし現実はこの手術のベテランが手術しても、治る率は90%ほどです。10人に1人は頭を切られて、手術費、入院費を払っても、症状は治りません。医療行為には必ずリスクが伴います。全くリスクのない医療行為は、それが薬を出すことだとしても、ありえません。まず、このことを手術を受けるあなたは理解しなければなりません。顔面痙攣、三叉神経痛手術の最大のリスクは、10%ほどは治らないということです。
 次の手術のリスク、それは合併症です。最も多いのは術後耳が全く聞こえなくなることです。10%前後生じます。私も数人聴力が失われました。顔面神経と聴神経は同じ神経の束です。非常に弱く障害を受けやすいのです。私はこれを脳ヘラを使わない方法で回避しています。またせっかく顔面痙攣を治そうと思ったのに、顔面神経の障害で、逆に麻痺になり、顔の表情が一変してしまうことすらあります。また脳幹という脳の最も大事な機能が集まった場所の手術のため、非常にまれに、半身不随、小脳失調によるふらつきで歩けない、最悪の場合は死に至るということがありえます。そして、私は最近、初めてこの最悪の重篤な合併症を起こしてしまいました。何故起こしてしまったのか、いや起きてしまったのかを告白しましょう。

 患者さんは典型的な三叉神経痛でした。圧迫血管がありましたが、通常より小脳と骨の間の髄液空間が狭く、狭い後頭蓋窩でした。これは手術中操作できる自由な空間が少ない、やや難しい手術であることを意味しています。しかし私は今までこのような状況の患者さんを多く手術してきました。手術は脳へらを用いず、順調に終えました。手術中の大事な所見としては、錐体静脈という小脳から出ていく静脈が細い1本だけだったことです。通常は数本であることが多いのですが、もしたった1本のこれを損傷すれば術後小脳が腫れることがあります。しかしこの静脈を手術中は完全に温存しました。麻酔から覚めると、患者さんは意識ははっきりし、痛みは消えていました。しかし手術翌朝、突然昏睡となりました。小脳が著しく腫れて脳幹を圧迫していました。ただちに再手術、腫れた小脳を切り取り、脳幹の圧迫を取り除きました。幸い意識は回復しましたが、重い後遺症が残りました。なぜこのような予期せぬ最悪に事態が起きてしまったのでしょう。おそらく術後小脳が戻り、細いたった1本の出口の静脈をふさぎ、小脳が一気に腫れたのだと考えられます。しかし今まで私は多くのこういった場面に遭遇し、何事もなく来ていました。手術中脳を特に脳へらで長時間圧迫するようなことは無く、また全ての静脈を温存してきたのは、絶対にこういった事態を起こさないための注意だったのです。

 さてこれから私はどうしたらよいのでしょう。おそらく同じような例でもこれから数百あるいは千以上手術しないと同じことは起きないでしょう。しかし次の一人に起きてしまうかもしれない。怖いことです。今の私にできることは、小脳の空間が狭い人の手術はできれば避ける他ありません。
すなわち、手術を決断する場合は、医師とあなた自身の十分な理解が必要です。医師の責任は勿論ですが、患者さんにもリスクを受け入れる責任が求められます。しかし術後麻酔から覚めて、眼・口のピクピクあるいは顔面の痛みが完全に消失し、患者さんの喜ぶ顔を見ることはまことに医者冥利に尽きます。

 最後にもう一つ手術に変わる治療法を紹介しなければなりません。それは三叉神経痛に対するガンマナイフ治療です。これは非常に強い放射線を一回だけ三叉神経の根本に照射する方法です。頭を開ける必要はありません。痛みは数ヶ月後から減弱しますが、確実ではありません。成績の良い施設でおよそ80%と報告されています。私自身はこの治療法の情報提供を勿論しますが、あまりお勧めしません。典型的な三叉神経痛は手術で手術直後からほぼ100%治癒し、また放射線障害が無いからです。
 繰り返しますが、この症状は病気ではありません。我慢できるならば治療しなくてよいのです。従って、この治療には手術する医師と、手術を受けるあなたが十分理解し合う必要があるのです。
脳神経減圧術に関する私の論文
(1) Shigeno T: Snare technique of vascular transposition in microvascular  decompression. Technical Note. Neurol med-chirurg (Tokyo) 42:185-191, 2002
(2) 茂野 卓: 脳篦を用いない片側顔面痙攣手術-テープ引っ張り法による血管転移. 脳神経外科37:35-42, 2009


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